

私は去年のクリスマス前にニューヨークにもどりました。皆様のご協力のお陰で去年も有意義な年でした。 去年で14年目の節目となるエイズ・アウエアネスの公演を山中湖の湖畔で開催致しました。マウントフジミュージックフェスティバル、2日間のイヴェントはニューヨークから30人のミュージシャン、日本の六大学のオールスタージャズオーケストラ、日本の若手のジャズグループ(24カラット、ジャバループ)、世界銀行、ウガンダの大使の参加など大変に有意義な2日間でした。
【レコードレーベル "チータ" 発足に関して】
去年の夏にポニーキャニオンレコードに自己のレコードレーベル"チータ"を発足すことが出来ました、レーベルを持つ目的は私が70年代の後半から現在にいたる迄に収録していた幾つかの貴重な音源を序所にリリースして行く事と今ニューヨークで起こっている音楽を録音してリリースする事などです。
去年の12月16日に最初のアルバムをチータ・レーベルよりリリース致しました。 この数年、私のエイズ・アウエアネスの公演で一緒に演奏をして来たバイブラフォーン奏者のビル・ウエアーのアルバム、タイトル "プレイライト" セカンドリリースは1月16日に2人のアーティストの作品がリリースされました、ギターリストのバリー・フィネティのアルバムタイトル "ブルースフォーコルトレーン" バリーはマイルス・デヴィス、ジャズ・クルセイダース、ブレッカー・ブラザース、私の日本における公演にも何回も参加して来ました。それとキーボードのバーニーマッコールのアルバム "フラッシュバックス"。2月には私の79年のアルバムでカーネギーホールでのライブ "Live at CarnegieHall" 。 このアルバムはオリジナルにポニーキャニオンのアガルタレーベルから発売された。(今回は行方洋一氏のマスタ−リングによる初のCD化です)
4月にはサキソフォーン奏者のボブ・ミンツアーのオルガントリオ アルバム名 "キャニオン・コーブ"をリリース致します。 この録音はロスにて去年の12月20〜21日に収録致しました。 ボブミンツアーとは78年からの付き合いで(私のバンドメンバーでした)、カーネギーホールのアルバムでも一緒に演奏をしています。ちなみにボブのビッグバンドは以前にグラミー賞を受賞しています。ボブの最初のビッグバンド(※)のアルバムは私が制作しました、このプロジェクトも後にリリースをする予定です。
5月にはマルチリードプレイヤーのジェイ・ロドリゲスのアルバム名"アフロ・コネクション"をリリース致します。 ジェイも私のバンドで数年間一緒に演奏をしてきました。グルーブ・コレクティブ(グラミー賞ノミネート)、;ギル・エヴァンス、プリンス、ティト・プエンテ、レイバレット、スティービーワンダーなど、多種類の音楽を演奏してきました。
私が過去14年間行なって来たエイズアウエアネスのプロジェクトはミュージックアウェアネスでもありました、今回のキャニオンレコードへのアルバム制作は音楽をこの世の中に広めること(アウエアネス)に繋がります、よってこれから先リリースされるアルバムをサポートして頂きたく思っています、これから先もどうか宜しく御願い致します。
Teruo Nakamura January,21 2010
(3月中旬現在製作中のTom Browneのアルバム参加メンバーと一緒に製作スタジオにて。(左)オーネット・コールマンのバンドのアル・マクダウ(bass)。(中)中村照夫、(右)フレッド・ウェイスレー(trb))

(左・写真はレコードでリリースされた"Live At Carnegie")
チャートのトップ10入りを果たしブレイク。79年にNYの殿堂カーネギー・ホールで行われた単独公演のライヴ録音が初CD化!! 
昨年で13回目のMusic For AIDS Awearenessの公演を終えて、今年は新しいコンセプトの音楽と社会貢献の公演を13回続けたのと全く違う、日本の由緒ある富士山の麓・山中湖湖畔にあるステージで、Mt.Fuji Music Festivalをプロデュースすることになりました。そもそもこのFestivalは日本の三大Jazz Festivalとして過去その場所で行われていたMt.Fuji Jazz Festivalを受け継ぎ、新しくMusic Festivalとして再演することになりました。
今年はこのMusic Festivalに、過去RSF公演をご一緒してきた世界銀行東京事務所や、その呼びかけによって集って頂いた各団体、地球環境や社会環境の向上の為に尊い活動をされているボランティアの方々達、そしてこの活動に協力してきたくれた私の大切な同志であるNYを中心とした30人以上の実力派ミュージシャン、勉学と両立しながら仲間と共に音楽に青春を捧げる学生ビッグバンドのメンバー達、また、芸術・アートを人々の生活に与える為に日夜努力をなさっているアーティストやクラフトの作家の方々と共に、人間の持つ課題をアウェアネスすることになりました。大いなる自然に抱かれながら、生きて行く私達にとっての「喜び・感動・勇気」そして重要な「課題」を共有する場として、一人でも多くの方々に集って頂けましたら幸いです。
2009年7月吉日 中村照夫
中村照夫の提唱するRSF活動趣旨に共感し、2009年演奏に参加協力するMusicianの紹介はこちら
Mt.Fuji Music Festivalについてはこちら→ 
70年に当時著名な写真家Gus Petersonのアシスタントをしていた、酒井信さんが寒いハドソン川の前で撮ってくれた。(Arfa Romeo Jullieta Veloce 1968)
New York は緯度が青森と一緒、でも私は寒いマンハッタンで東京の冬仕度で生活をしていた、寒く感じたのが当たり前。
"真夏の夜のジャズ"というドキュメント映画で有名な、憧れのニューポートジャズフェスティバルに車を借りて4時間かかって到着したが、歯痛で音楽を楽し く聴くどころではなかった。写真はこの一枚だけ撮っが、ネガはもう無くしてしまっている。ウェス、ポールもウィントンも今は既に死 んでいない。
Stanley Turrentin がマジソンガーデンのコンサートに出演した, 1975年頃
Stanley Turrentine (Tenor Sax) George Benson (Guitar) Bruno Carr (Drums) Teruo Nakamura (Bass)
スタンリーはその頃、アルバム "Pieces of Dreams" という彼のアルバムが大ヒットしていて、一年の内に200回以上を飛行機でアメリカ中を私は一緒にツアーをしていた。そのツアーの中で、ジョージベンソン、フレディハーバード、グローバーワシントン、カーメンマクレーと一緒に演奏をする機会が有って、彼等の出す音の重 みとスピード感は一緒に演奏をしたことが無ければ解らない、この時の私は一緒に彼等と演奏をする事が天国だった。結構なギャラは貰っていたけれど。その 日暮らしでも満足だった。スタンリーもドラマーのブルーノ・カーも今は亡くなっていない。
Jorge Dalto (Piano), Dave Sanborn (Alto Sax) and Teruo Nakamura "Rendez Vouz"
ホルヘはアルゼンティンの出身で、当時はGeorge Benson (Guitar) のメンバーだった、彼の一言であの有名な大ヒットした、"This Maspuerade"が録音に取り入れられて、George Bensonは有名になった。Jorgeも数年前に癌で死んだ。